デザイン会社買収劇は、その後どうなったのか。ビジネスとデザイン・シンキングの現在

デザイン会社のイメージ画像

by 曽我健(公認会計士、CFO)

わが国最初のインハウスデザイン部門が松下電器産業に設立されたのは1951年のこと。松下幸之助が米国視察から帰国後に「これからはデザインの時代」と語った、とされる逸話も、デザイン界ではあまりにも有名です。

しかし、白物家電の世界的な競走における敗北を経て「日本型デザイン」に疑念の眼差しが向けられているのも確かです。経営における「デザイン」は、2018年現在、どのような立ち位置にあるのでしょうか。

主に2010年代に入ってから、事業会社やコンサルティング会社がM&Aにより、デザイン会社を内部に取り込む動きがありました。

  • アクセンチュアによる「Fjord」買収(2013年)
  • 米大手金融機関Capital Oneによる「Adaptive Path」買収(2014年)
  • スペインの大手金融機関BBVAが「Spring Studio」を買収(2015年)
  • マッキンゼー・アンド・カンパニーが「LUNAR」を買収(2015年)
  • 博報堂DYホールディングスの戦略事業組織「kyu」に「IDEO」が事業の一部を売却(2016年)

今回は、これらの買収劇のその後を追いかけながら、デザインの役割を改めて考えてみます。

コンサルティング会社がデザイン会社をどのように活用するのか。当時、様々な憶測が飛び交いました。普通「デザイン」と聞いて思い浮かべるのは「グラフィック」や佐藤可士和さんのような「プロダクトデザイン」、よくて「ウェブデザイン」くらいではないでしょうか。コンサルティングビジネスでは、とにかく大量のパワポを作るので「見栄えの良い提案資料を作れたら、大きな会社では差分として売上に響いてくる」のではないか。2015年にマッキンゼーが「LUNAR」を買収した際には、そんな指摘も散見されました。それもまた、ひとつの側面ではあるでしょう。

「資料のキャッチコピーなどの言葉遣い、ビジュアルの完成度が高ければ、営業成績が目に見えて向上するのは、経験的にも統計的にも明らかです」
https://newspicks.com/news/1110599/

しかし、買収されているのは、ユーザーリサーチやデザインスプリントなどを実施して、最良のユーザー体験を設計していくことに長けた、UXデザインファームの会社です。むしろこれらの買収は、今まさに到来しつつある、本格的なデジタルシフトに備えた事業開発のためのパイプラインを整えるためのものだと考えられます。彼らが採用しているデザイン・シンキングは、「グラフィックデザイン」や「プロダクトデザイン」とは地続きながらも、課題を発見/解決するプロセスの最適化にフォーカスし、後述するPSFを重視したアプローチです。

Springの買収から3年を経たBBVAでは、この春に新しい動きがありました。Springの創業メンバー、Bruce RandallとSanjay ShamdasaniがBBVAを離れたことが、アナウンスされたのです。この2人に、Greg Morantz を加えて、デザインコンサルティングサービスを提供する17secondsが、この4月に設立されています。

このアナウンスでは、BBVAは今や200人以上で構成されるグローバルデザインチームを持ち、小さなチームで短期間に成果をあげていくアジャイルやスクラムの手法を採用していること、1000人以上がデザイン・シンキングを推進していること、モジュールを中心にデザインを組み立てていくAtomic Designを採用していることなどが、成果として挙げられています。

実プロダクトとしても、2017年11月にBBVAは、アメリカで働く労働者が本国の家族により気軽に24時間送金したり、マイクロファイナンスを利用することができるサービスTuyyoをリリースしています。

このように、デジタルシフトを遂げる上でビジネスとして誰に何をデリバリーするのか、方向性とサービス内容を決定する上でデザイン・シンキングを用いる動きは、これからのシナジーを模索する「絵空事」の段階を越え、普遍化する時代を迎えているのです。そうした流れのなかに、デザイン会社の買収が組み込まれているのであって、各社は着実に結果を出しています。

では、デジタルシフト、トランスフォーメーションを進めていく上で、最初の一歩はどこから進めたらいいのか。セオリーを挙げるならば、まずは課題とその解法の探索的発見を行うPSF(Problem-Solution Fit)があり、次にMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の構築、最終的にはPMF(Product Market Fit)の達成を目指さなければならない、ということになります。

段階的にProblem-Solution Fit)からMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)の構築、さらにPMF(Product Market Fit)に進展していく開発の流れの説明図
図では直線的に描いているが、実際には顧客からのフィードバックをもとに行ったりきたりする、探索的なプロセスでもある

実際の出資を含めたベンチャー支援として、私はこれまでの数年間で約20社のシード・アーリーステージへのベンチャーへのエンジェル出資を行い、公認会計士の立場で経営に対するアドバイスや、ハンズオンでの支援業務を行っていますが、各段階で、適切な専門家が支援に入ることの大切さを痛感しています。既存のチームメンバーだけでは解けない課題や知見が、外部の専門家からあっさりともたらされることは意外と多いのです。あるサービスを開発するのに十分な人材をオールスターで揃えられることはまれですし、開発チームが直面している課題は、すべてが未知の課題だとは限らないからです。

外部からPSF、MVPの構築支援を行い、仮説検証を繰り返しながら、なるべく早期にPMFを図ることを支援するスキームがもっと機能してくれば、投資家としても、起業家としてもお互いにハッピーな状態が構築できるのではないかと思っています。

またチームを構成するのは「生身の人間である」ことも、改めて指摘しておきたいことです。華々しいベンチャービジネスの影で精神的に失調してしまう創業者がたくさんいること、コミュニケーション不足が原因で、チームが瓦解してしまうこと。それを「しょうがない」「どうしようもない」と考えるのではなく、チームの状態をイノベーティブな状態に維持していこうとするために「組織をデザインする」マインドを内包している、デザイン思考は極めて重要です。

先程挙げたBBVAでも実例が出てきていますが、Adaptive Path買収後のCapital Oneの事例など、買収劇のその後のレポートが日本のメディアでも取り上げられるようになりました。

バッチ処理(処理が1日のうちの特定の時間帯に制限される)の廃止や、「ウォーターフォール型」の古い銀行のやり方が減り、インタラクティブでアジャイルな開発が増えていること、その前提に顧客との共創的な関係があることなど、ビジネスにとってデザイン・シンキングがどのような意味を持っているのか知る上で分かりやすい記事になっていますので、興味がある方は一読してみてください。

ベンチャー企業においては特にそうですが、大きな会社であっても、すべてのリソースを社内で充足することは現実的ではなく、社外との適切な協業関係を模索することになるかと思います。当社のようなデザインコンサルティング会社がファシリテーターとしての役割を果たすことで、投資先企業にとって最適な形で、顧客との共創関係を構築していくことは十分に可能です。

サービス、ひいては企業をデザインしていく上で、デザインはプロダクトを受託で開発して終わり、という時代は終わったと考えています。当社はこれまで社外のデザインフェローとして顧客企業に継続して関与することで企業価値の向上に資することに努めてきましたが、より関係性を強化し、出資を伴う関係を構築して企業(及びそのブランド)のデザインに継続的かつ主体的に関わっていくことも選択肢に入れ、長期的な企業価値の向上にとってのベストアプローチを模索していきたいと考えています。

参考文献